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米国における議決権行使書の争奪戦 −ヒューレット・パッカードとコンパックの合併議案−
(2002年09月16日)
IT(情報技術)を牽引してきたパソコン市場でNO.1のコンパック社(以下CQという)とNO.2のヒューレット・パッカード社(以下HPという)が合併すればIT分野の中心に位置するパソコンは言うにおよばず周辺分野であるプリンター、記憶装置、及びサーバー等の各部門で圧倒的なシェアーを占有できる。更に、2003年までに25億ドルのコスト削減、R&Dの強化、商品の調整、人材の適切な再配分などを行ないIBMに勝るとも劣らないリーデイング・カンパニーになれる。こうした構想をHPのフィオリーナ社長が明らかにしたのは2001年9月であった。この47歳の野望に満ちた女傑CEOはこの合併計画の責任者として、技術出身で人望の厚いマックニー執行役員を任命した。また、両社で合併専任チーム約1000人を組成し、合併にむけて「最初の100日間」が猛スピードで動き出した。同年10月19日に上海で開催されたAPEC会議のスピーチでも現在の進行中のIT革命を「中世からルネッサンスの時期に匹敵する大変革期」と定義し、今やガリレオやコペルニクスのような発想の転換が求められると例えて、この20億ドルかかる両社の合併について強い意欲を内外に示した。
1.ヒュ−レット社の合併願望
知られる通り、HP社はビル・ヒューレットとデビット・パッカードの両氏が1939年に粗末なガレージを賃借してわずか538ドルで創業を開始し、艱難辛苦の末年間売上490億ドルのハイテク・メーカーになった米ベンチャー事業の典型的成功例として賞賛されてきた。共同創立者のビル・ヒューレット氏は昨年1月に87歳で死去したが、一代で90億ドルの推定資産を残したと言われている。

IT業界の合併・統合は、規模の大小に係わらず、生産・サービス分野の調整、販売戦略の齟齬、企業文化の摩擦などにより期待通りに物事が進まず、多くの失敗の事例が多いと言われてきた。特に合併が大型であればあるほど事業統合のリスクは高いといわれる。HPはアポロ・コンピューターを買収したが失敗、一方、CQもデジタル・イクイップメント社を買収したが思うような成果を上げられなかった。コンピューター関連の製造・販売・サービス分野で共通分野が多いHPとCQは、合併に伴う過去の苦い経験を互いに生かし、新たに両社が合併することにより本格的リストラを行って、技術革新と生産性を高め、結果的にIBM、デル、サンマイクロシステムなどと肩を並べて全米トップ・クラスの高採算の情報技術企業になろうと合併構想を練って来た。

既述の通り、この合併を強力に推進してきたのは、1999年にルーセント・テクノロジー社からHPに移籍し初の外部者として社長になったフィオリーナCEOを中心とした役員達であった。一方合併反対を訴えるのは故ヒューレット氏の長男でHPの取締役でもある57歳のウォルター・ヒューレット氏を中心とした共同創業者一族・株主である。両者の戦いは「プロキシー・ファイト」としては稀に見る激しい個人攻撃になりがちであった。フィオリーナCEO兼会長らはこの合併工作が否決されれば退任を余儀なくされることもあり、HPは反対派の先頭に立つウォルター・ヒューレット氏を「IT業界に理解が浅く、実務経験の乏しいアカデミックな人」と印象づけるべく、125百万ドル以上を新聞・TV広告、電話代、郵便代等に支払って「両社の合併は将来の発展のためには不可欠である」との大々的なPRキャンペーンを行なってきた。一方、創業者一族側は「合併は高くつくしリスクがあって、株主にとってプラスにならない」とシンプルに反論し、これまた、32百万ドル以上の費用を投じてきた。昨年8月コンピューター・アソシエイツ社(以下CAという)の株主総会に際して経営トップに異を唱えた株主側がTVによる呼びかけや、全国紙を10回以上使って全面広告を行ない、10百万ドル以上かけて、株主側の社外取締役選任を提案し、いわゆる露出度の高いプロキシー・ファイト(議決権行使書の争奪戦)を行なった。CAの場合は買収された側(株主・ファンドのオーナー)と買収した会社側との争いであった。しかし今回の争奪戦は63年の歴史のある「既存の利益を保持」しようとする創業者一族・株主側と、野望を抱く経営トップの「新たな企業支配力と富を創造」しようとする取締役会内部の戦いであった。つまり、巨大企業の経営方針そのものに係わる議決権行使の戦いであったが、株主間の多数派工作が拮抗したこともあり、CA社の場合と異なって機関投資家や個人株主をも巻き込んで、経営参加に係わる株主の関心を高めると同時に株主の権利をも改めて考えさせることになった。また、本件合併は合議制で物事を決める伝統的大企業のHPと、即断即決型でPCに特化して来たCQとの企業文化の違う「結婚」でもあるため、その帰趨について全米のみならず日欧のビジネス界でも高い関心が寄せられた。
2.ヒューレット社の株主構成と議決権行使の動向
合併決議はHP社の定款により、出席株主(含、委任状)の過半数で可否が採択されるため、注目されたのはHP社の株主構成とその各々の株主が「株主としての経済的合理性」の観点から、どのように議決権を行使するかの票読みと多数派工作のための両陣営の作戦であった。HP社の株主構成は機関投資家が57%、個人投資家が25%、残り18%をヒューレット家とパッカード家のファミリーが財団名などで保有していた。最大の株主はパッカード家が運営する「パッカード財団」(10.4%)で、2番目の大株主はヒューレット家の財団・信託基金(4.6%)である。これらファミリー関連の財団・基金はHP社の共同創設者ヒューレット氏の長男ウォルター氏が中心になり、昨年11月から本件合併の動きにメディアなどを駆使して大々的に合併反対キャンペーンを激しく展開してきた。

個人株主の動きは株主総会当日まで読み難いと思われた。社員株主が多いアイダホ州とオレゴン州のHP社の従業員と元社員に12月の時点で合併賛否のアンケートを創業者側が行なったところ、従業員はアイダホで63%、オレゴンで63%が合併に反対、元社員はアイダホで57%、オレゴンで59%が同じく反対した。この調査はパッカード家の資金援助で行なわれたため個人株主の動向把握には客観性が乏しいとHP社側から非難されたものの、HP社の過半数の社員の気持ちの動きが判明した。

こうして帰趨は過半の議決権を保有する機関投資家の動きに絞られた。機関投資家は0.001%でも運用益を鋭く追及するため、合併がポートフォリオにとってプラスなのか、または株主利益はいづれにあるのかを厳しく追求して結論を出す。株主総会前に早々とその意思表示をしたのはアライアンス・キャピタル(保有株は全体の約1.0%)など限られていた。つまり機関投資家の多くは議決権行使のアドバイザーであるインステイチューショナル・シェアーホールダー・サービシーズ社(ISS)の助言内容や影響力の強いカルパースなどの動向を注視して総会直前まで態度を保留するところが多く見られた。
3.動向に強い影響を与えたISSの「アドバイス」
ISSは1985年当初非営利法人として設立され、議決権行使に係わるアドバイスとコーポレート・ガバナンス関連のサービスを行なう国際的コンサルティング会社である。このISSは全米だけでも機関投資家を中心に約1,000社にこの種のサービスを提供し、その影響力は無視出来ないため、本件の合併事案にどのような内容の推薦を行なうか関係者もその発表を注目してきた。特に今回の合併案件に関しては、株主の立場から予定される合併を分析・調査し、契約している顧客に的確な議決権行使のアドバイスを行うために、ISSは両陣営との面談・説明を20回以上受けたという。

3月のはじめISSは契約している投資顧問や年金基金などのHP株保有の機関投資家にHPとCQの合併に関して「YES」であるとの助言を行なった。(2002年3月5日付、N.Y.TIMES)報道によると、ISSはHP社側の合併に係わる説明を高く評価するとともに、デジタル・イクイップメント社との過去の合併失敗の教訓を今回の合併に生かせることもあり、成功への実現性はあると判断した。またISSは創業者一族・株主の「合併反対」の説明は、「合併しない場合、HPとして今後のIT業務展開のための具体的代替案の説明が不足している」とコメントした。

同時にISSはこの合併が成功した場合、HPのフィオリーナ社長が給与140万ドル、ボ−ナス480万ドル、オプション5700万ドルを、CQのカペラス社長が各々100万ドル、380万ドル、3800万ドルという巨額の報酬を得る予定であるとの報告については株主利益の観点から注目する、との談話も発表した。

この議案に関与している機関投資家で、ISSの顧客が総発行株式(19億5千万株)の23%いるため、ISSがこの合併案件を支持したことはHPにとっては強力な支援を得ることになろうと思われた。
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